KU Bread

Prolog


メディア専攻には、生協のパンをこよなく愛する一人の学生がいる。


─“涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない”

ゲーテの言葉を引用する彼女は、パンを買ううえでの苦労を語る。


「簡単じゃないんですよ……たかがパンじゃないかとか思ってます?


はぁ……困るんですよね~浅はかな気持ちでパンを買われると。」


食事は、もちろん生きていくために必要不可欠な行動であるが、同時に我々日本人は世界的にも食を楽しむことを重視してきたように思える。

一人の人間として、自らの人生を豊かにするために、彼女はパンを買う。


彼女はパンを買うとき、一体何を考えているのだろうか。

彼女にとって、パンとはどのような存在なのだろうか。

ヒトはなぜ争うのか。

我々の後ろにも世界は存在するのか。

見ていないときに月は輝くのか。



―パンとは、何なのだろうか。

パン(麺麭、ポルトガル語: pão[注釈 1])とは、典型的には小麦粉やライ麦粉といった穀物粉に水、酵母、塩などを加えて作った生地を発酵により膨張させた後、焼く事でできあがる膨化食品で、世界の広い地域で主食となっている。(Wikipedia「パン」最終更新2024年4月14日)


ここでは彼女の心情に注目しながら、生協のパンマニアが選ぶ美味しいパンについてみていきたい。



Daily


―緊張感の漂う、一瞬の静寂

 ガシャンガシャン!!

 戦いのゴングが今鳴らされた!―



シャッターが開くと同時に第3学舎の食堂へ駆け込む。


ほとんど毎日買っているので、店員さんに顔を覚えられるかもしれないという恐怖。

買うために入ったは良いが、その時の気分のパンが何もなかった時の絶望。

中に入るまでどの種類のパンがあるか分からないというトラップに毎日ドキドキしている。



陸上選手がレースに集中すると、視界のほとんどに靄がかかり、自分の正面さえもはっきり見えない。

それでもゴールにたどり着けるのは、日々の練習の成果、努力への信頼、競技への愛情、応援する人たちの気持ちに背中を押されているからだ。


私にも歓声が聞こえる。


―“パンさえあれば、たいていの悲しみには耐えられる”

そう言ったのは、ドン・キホーテの作者セルバンテスである。


食べてさえいれば、生きられる。誰かが手を差し伸べてくれる。

人間は助け合いの生き物だ。

食べること、つまり生きることに私がなぜ怯えようか……。


ありがとう

心の中でそっとつぶやき、今スタートを切った。

さあ、運試しの時間だ。




ある日、美味しそうなパンと出会えた。

名前は難しくてあまり覚えていない。

アーモンドクランブルのような名前だった気がする。


粉砂糖がかかっており美味しそうだった。



他に気分が乗るパンがなかったので、同じものを2つ買ってしまった。


2つで320円。店員さんにできるだけ迷惑をかけたくないので事前に320円を力強く握りしめてレジに向かう。



別の日には、気分が乗るパンがなく、苦し紛れにメロンパンを買った。

まあ、はずれはないだろうと思って。


ポジティブな気持ちで買ったわけではなかったが、メロンパンもとても美味しかった。

クッキー生地がサクサクで甘かったことを覚えている。



お気に入りは明太チーズダッチパン。しょっぱくて美味しい。


明太子といえば、昭明太子という中国南朝・梁の武帝の皇太子がいた。

彼は幼いころから聡明な人物で、多くの優れた文人が彼のもとに集ったという。

彼は『文選』という詩集を作り、その序文を書いた。



―“生年百に満たず、常に千歳の憂いを懐く” 『文選』より

人間は100年しか生きられないのに若いうちに千年先のことを考えていることを愚かだと先人は言った。



先を心配して行動しないよりは、今の最大限を発揮する勇気を持とう。


今一番食べたいパンを買おう



Spicy Pollack Roe Cheese Dutch Bread


私の日常を知ってもらったところで、私のパンとの運命の出会いを教えよう。


1年生の初めの頃は、パンの存在を知らなかった。

ただ食欲の赴くまま食堂のランチにのみ目を向けていた。


しかし、一回生の秋にふと左側を見てパンの存在に気がついたのだ。

その時にはまだパンを買わなかったが、ある日転機が訪れる。



それは、友達が家の近くで買った明太子のパンを食べているのを見た時のこと。


猛烈に明太子が入ったパンが食べたくなった。

買いに行く先としてまず思いついたのは、生協のコンビニ。

しかし、そこには明太子のパンはなかった。


ここで閃く。

「そういえば第3学舎の食堂にもパンがあったな!」と。



しかし、食堂の列に一回入ってしまうと何も買わずには出られない。


パンは外から種類が分からないのだ。

私はギャンブルをしないたちでね、入るべきか入らないべきか葛藤する。


それでもパンを食べたいという欲に負けて一か八か入って見ることにした。



さらっと棚を見る。明太子のパンがあった!


名前を確認すると「明太チーズダッチパン」美味しそうな名前だと思った。

しかし、買った後レシートを見てふと思う。



「ダッチパンってなんだ?オランダか?」と。


解説:「ダッチ オランダ」で検索

イギリスがオランダをライバル視し始めたはるか昔に、ドイツの周辺地域を意味していたダッチという言葉がオランダを限定して指すようになったことから。



「なんだこれは、めちゃめちゃ美味しい。」そう思った。

明太子のしょっぱさとパンの上の部分のひび割れ(?)の口触りが最高だった。


このパンがある日は絶対に買うことに決めた。


名前の由来は、「ダッチオーブンで焼くから」らしいと調べて知った。


第3学舎の食堂のパンの美味しさに気がついてしまった。

他の種類のパンも美味しいのか食べたいと思い、その日から食堂のパンヘビーユーザー(?)になった。

いっぱい種類があるパンをコンプリートするのが夢だ。



Epilogue


なんとなく視界の何パーセントかを占めている空と、

朝の占いに触発されて見上げた空はきっと見え方が違っている。



今日何気なく通り過ぎた食堂のパンコーナーも、

明日はもっと輝いているのだろう。



これを読んでくれたあなたが気になったパンを手に取り、

私と同じような感動を味わうことが出来ることを祈っている。